ネット記事に『アンディ・ウォーホルの作品、うっかり廃棄してしまった可能性 オランダ自治体が公表』というのが出ていた。
マースホルストの自治体が24日に出した声明によると、紛失したのはオランダのベアトリックス女王をウォーホルの有名なポップアートスタイルで描いた1980年代の作品で、美術品コレクションの整理中に行方不明になったという。声明発表に先立ち、自治体は独立機関に調査を依頼した。
問題の作品はシルクスクリーンプリントらしく、こんなことを書くとウォーホル好きな方から怒られてしまうかもしれないが、まあ、あり得る話だと思う。
さらには、今回の声明は、「ウォーホルの作品を粗大ごみと一緒に捨ててしまったこと」が問題なのではなく、「ベアトリックス女王の肖像画(の範疇に入る)作品を捨ててしまった」ことが問題だったために、出されたのではないだろうか?
記事の内容からは、作品がどういう状態で保管されていたのか、どういう立場の関係者が捨ててしまったのか、といった詳しい状況は分からないが、少なくとも捨ててしまった人は、作品を見た上で「粗大ごみと一緒」の決断をしているだろうから、かなり劣化してしまっていた可能性も含めて、「芸術品」に見えなかったのだろう。
記事の最後は、
芸術作品が誤って廃棄されるのは今回が初めてではない。昨年10月には、オランダの美術館で作業していたエレベーター技師が、ビールの空き缶2本に似せた作品を誤って捨ててしまう出来事があった。
ただ、缶は後にごみ袋から2本とも無傷で回収され、洗浄が行われた後、美術館の入り口にある伝統的な台座の上に展示された。
と、閉められていたが、これらもエレベーター技師には、「芸術品」に見えなかったのだろう。
昔、『美しい人はより美しく、そうでない方はそれなりに…』という写真フィルムメーカーのCMがあったが、それこそ写真が発明される以前の絵画や彫刻などの芸術品の価値は「美しさ」にあったと思う。
写真が登場して以降の芸術は、単なる「美しさ」でなく、オリジナリティーが求められるようになっていった。それどころか、近年は、個性的であることが「美しさ」よりも優先されるようになっている。
芸術品の見方の1つとして、「その作品を自分の家に持って帰りたいか? 自分の部屋に飾りたいか?」ということが語られるが、現代的で個性的だが「美しくはない」な作品よりも、古典的な「美しい」作品の方が芸術品っぽく見えるのは仕方ないだろう。
いろいろと理屈付けられ、値段も相当に高い現代芸術作品ではあっても、「これが芸術品?」という素直な感想には勝てない気がする。
日本でも、大阪府が「大阪府20世紀美術コレクション」として所蔵する美術作品の一部を咲洲庁舎地下3階駐車場に「保管」していたことが問題となった事例がある。大阪府は2024年度当初予算案に劣化した美術品の修復事業費3128万円を計上したという。
地下駐車場に放置する判断をしたのは誰なのか? と考えると、無関係な部署の人間というより、大阪府の学芸員なのではないかと思われる。つまり、それが専門家ですら持っている「本音」なのではないだろうか?
現代芸術を全て否定するつもりはないが、首をかしげざるを得ないような珍妙な作品に無理矢理高い価値を付けようとする流れは、なんとなくではあるが、廃れていくような気がする。そして、これもトランプ大統領再当選の影響の1つなのかもしれない。